正解が多すぎる時代に

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気づけば、
「これが正しい」という言葉が
あちこちにあふれています。

子育ても、
食も、
暮らし方も。

検索すれば、
すぐに答えが見つかる時代。

知らないままでいると、
少し不安になることもあります。

そして、
気がつけば比べてしまう。

あの人は丁寧な暮らしをしている。
あの人は完璧なお弁当を作っている。
あの人はぶれない軸を持っている。

それに比べて私は・・・
と、小さくなるときもありました。

私も何度も、
その波の中にいました。

ヴィーガンがいい、と聞けば
やってみたこともある。

子どもへの接し方も、
「こうするのがいい」と書いてあれば、
迷いながら試してきました。

でも、正解を追いかけるほど、
少しだけ息が浅くなっていく。

正しいはずなのに、
なぜか落ち着かない。
そんな感覚がありました。

きっとそれは、
自分の感覚を後回しにしていたからかもしれません。

きっとそれは、
私の正解ではなく、
誰かの正解だったのかもしれません。

若さゆえ、経験不足ゆえ、
何か確立している理論や教えに、
どこか安心を求めていたのかもしれません。

情報はありがたいもの。
学ぶことも、大切です。
学びは一生続くと思っています。

それでも、
正解が多すぎると、
自分の声が小さくなってしまう。

トライアンドエラーを
繰り返した今は、
すぐに答えを選ばずに、
少しだけ立ち止まるようにしています。

「私はどう感じている?」と、自分に問いかける。

みんながやっているから。
偉い人が言っているから。
という観点では、選択していない自分がいます。

完璧でなくてもいい。
揺れてもいい。
みんなと一緒じゃなくてもいい。

そのときの自分にしっくりくるほうを、
そっと選べたら。

それが今の私にとっての正解です。
そんなふうに、
今日も暮らしています。

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